野あざみ

 野あざみ (「未来」8月号に掲載)


スイセンの眩い光渦巻いて駈けてゆく風、都会の草はら

今日のわれ昨日のわれへ融けてゆく時の間の青き霧透く

乾かない泥濘のうえを蝶が飛ぶ赦してもらおうなんて思わない

三十年たってやっと気づけり あの時の母の痛みのわけを

食べなさい食べたくないと立ち上がり子は打ち鳴らす「ブリキの太鼓」

硬質の水の感触たしかめる わが内海にいっぴきの魚棲む

漆黒の闇を充たして蛙啼くわが寝台は雨にうたれるごとし

やわらかき土に芽生えし野あざみが刺突き立てり意思のありしか



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夏の家


ああ 蝉が啼く
気持ちがさわぐ
草がにおう
鬼百合の
黒い花粉が
焼けた
線路の上に
零れる
アブの
虹色の眼は
美しい
水は
たえまなく湧き
炎暑の夏も
冷たく
合歓の木にとまる
小鳥の喉を濡らす

霧にとざされた
野辺は
まだ睡りのなかにある
緑色のガラス窓を
早く 開けよう
ふいに風が吹き
たちまち消えてゆく
人の絶えた家が
過ぎにし方へ
時を刻みはじめる



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朝の鳥


空は
いちめんの雲のなかで
他人のように
遠くに退いている

窓から空を見上げながら
わたしは鳥を待っている
昨日も一昨日も
鳥の姿はなかった

今 一羽の鳥が飛んで来て
長い尾を上下に揺らしながら
小学校の緑色の屋根にとまっている

すぐに鳥はどこかへ去って行った
わたしは湧き水を手で掬うように
今日のはじまりを受け入れる



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夕暮れ

日の暮れはあてどなく侘しき仄暗き壁にはりつけられし個人番号

時を経てわが半身は壊れつつも癒やす意志なきセルフネグレクト

夕闇に今日のいのちをすててゆく肩をすぼめて駅へ向かう途

暮れ方にわれを連れ去りし睡魔よ こんな夜更けに見捨てるなんて

嘘と実も幸と不幸も日常はアントニムの溝埋めてゆきしか

今冬は巷の騒音わだかまり高みの空へ消えてゆかざりし


              (短歌誌「未来」6月号に掲載の短歌)


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陰翳


乱反射する
緑の光線をつらぬいて
小鳥の叫びが聴こえてくる
昨日 窓の空の下で
死んでいた
一羽の小鳥のために
今朝の蒼空はある

うごかない
濃い樹影のなかに
小鳥の屍骸がある
わたしの想念は
死にみちている

雲ひとつない
空は ただ
沈黙があるばかり
わたしは 朝の光りを
背にうけて 苦しい心を
行かねばならない


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プロフィール

Iwahori Junko

Author:Iwahori Junko
日々、考えたり感じたりしたことを綴ります。
詩集「水の感触」(2013年)
詩集「水の旋律」(2015年)

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