失われた夏



人のいない
夏の空
荒れた庭に蔓延る
エノコログサ カヤツリグサ

崖の上の岨道も
生い茂る羊歯で
隠されてしまった
昔の墓石も
見えなくなった
木々の間から洩れる陽も
鳥の声も
もう過去になってしまった

主のいなくなった
隣家の窓は閉じられたままだ
まだふた月も経っていない
あなたは病室の鉄のベッドに
すっかり小さくなった躰をのせ
さびしい息をしていた
そして 「あの 青い花のいちめんに咲くところに行かなければ」と
心に決めたように言うのだった

土の下に深く眠る人よ
あなたの言った
「青い花」は
あれから わたしの眼の奥の暗闇に咲いています
野に降る光の翳が濃くなりました

わたしたちが見た
最後の夏の空はもうない

  (「詩人会議」11月号掲載)


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初夏


  初夏

馬のごと大輪の赫いアマリリス羊飼いの名前だったのか

竹の子の穂は宙に伸びひっそりと黄ばんだ葉落とす五月の竹林

水神を祀る泉をのぞきこむ寂しい母の顔映す鏡あるやも

宛先の分からぬ手紙受け付ける「漂流郵便局」あるらし

風去りて桜桃の熟む草むらに赤い日のかかり炎暑の予感

日の匂い草の匂いに深々とわれはしずめりみどりなす午睡

この後に「黒いミルク」を飲む朝が決して来ないと言えない今は

陽に焼かれ気怠い風を受けながら蹲る鳩は白い石になる

※ 歌誌「未来」9月号に掲載された短歌です(岡井隆氏選)



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野あざみ

 野あざみ (「未来」8月号に掲載)


スイセンの眩い光渦巻いて駈けてゆく風、都会の草はら

今日のわれ昨日のわれへ融けてゆく時の間の青き霧透く

乾かない泥濘のうえを蝶が飛ぶ赦してもらおうなんて思わない

三十年たってやっと気づけり あの時の母の痛みのわけを

食べなさい食べたくないと立ち上がり子は打ち鳴らす「ブリキの太鼓」

硬質の水の感触たしかめる わが内海にいっぴきの魚棲む

漆黒の闇を充たして蛙啼くわが寝台は雨にうたれるごとし

やわらかき土に芽生えし野あざみが刺突き立てり意思のありしか



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夏の家


ああ 蝉が啼く
気持ちがさわぐ
草がにおう
鬼百合の
黒い花粉が
焼けた
線路の上に
零れる
アブの
虹色の眼は
美しい
水は
たえまなく湧き
炎暑の夏も
冷たく
合歓の木にとまる
小鳥の喉を濡らす

霧にとざされた
野辺は
まだ睡りのなかにある
緑色のガラス窓を
早く 開けよう
ふいに風が吹き
たちまち消えてゆく
人の絶えた家が
過ぎにし方へ
時を刻みはじめる



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朝の鳥


空は
いちめんの雲のなかで
他人のように
遠くに退いている

窓から空を見上げながら
わたしは鳥を待っている
昨日も一昨日も
鳥の姿はなかった

今 一羽の鳥が飛んで来て
長い尾を上下に揺らしながら
小学校の緑色の屋根にとまっている

すぐに鳥はどこかへ去って行った
わたしは湧き水を手で掬うように
今日のはじまりを受け入れる



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プロフィール

Iwahori Junko

Author:Iwahori Junko
日々、考えたり感じたりしたことを綴ります。
詩集「水の感触」(2013年)
詩集「水の旋律」(2015年)

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